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MILESTONE ART WORKSの近況とお知らせです。 

得丸公明・言霊の科学 :「三鷹天命反転住宅で洞窟生活を体験する」

c0084954_11211883.jpg今年も残すところ後わずかになりました。年内の仕事も大詰め、忘年会やクリスマス、大掃除、仕事納めをカウントしながら時間調整に忙しいことと思います。
さて、得丸公明ライブラリーの追加のご案内です。どうぞご覧下さいませ。
下記タイトルをクリックすると原稿ページに入れます。

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ことばには2種類ある:「音が意味と恣意的に結びつくことば」と「音そのものが意味であることば」と

「水俣病は文明の原罪である」ということばに出会った2002年の地球サミット以来、この5年間、文明とは何かということを考えつづけてきました。西原克成先生の本や島泰三先生の本に出会って、生命の進化、脊椎動物の、哺乳類の、類人猿の進化についても、いろいろと考えてきました。とくに、2年前に、島泰三先生の「はだかの起原」に出会って以来、どうして人類には毛がないのかということを考えつづけてきました。人類がハダカだから、文明というものを作って生き延びてきた。それが地球上のすべての生物にとって、猛スピードで種の絶滅を引き起こしており、森林消滅、砂漠化、地球規模海洋汚染というとりかえしのつかない環境破壊を生んできたと考えてきました。しかし、ハダカであることよりも、もっと深刻な原罪があることに、今年が終わりかけているときに気付きました。それは、ことば、それも記号論的なことばの存在です。いったいいつから人類は、ことばを使い始めたのだろうか。ことばとは何なのだろうか。どうして誤解や思い違いが生まれるのだろうか。ことばのもつ危うさや脆さについて、私たちはこれまであまりにも無関心できました。
今回、ホームページで掲載していただきますのは、ことばが概念作用をもつ前のことばがどのようにして誕生したかについての、ひとつの仮説です。ことばには、意味をもつもの(概念作用をもつもの、記号的なことが)と、概念作用をもたず、ことばそのものが意味であるものと、2種類あるのではないか。そう考えると、記号的なことばのもつ危険性や原罪性を、意識しやすいと思ったのです。

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■得丸公明ライブラリー 言霊の科学 :「三鷹天命反転住宅で洞窟生活を体験する」
by ysmile | 2007-12-23 11:37 | ■ 気まぐれトピックス | Trackback | Comments(0)
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